皆さんは上の写真を見てどう思いますか?「えっ!?ちょっと待って、池上ついに彼女出来たん!?しかもめっちゃ美人やん!」という反応をしてくださった方、ノリに付き合っていただいてありがとうございます。カップルではありません。
写真に限らず日常生活でも、仲の良い異性と二人きりでご飯を食べに行っただけで、恋人同士だと思われたり、とても仲の良い異性の兄弟が二人で歩いていると、恋人同士だと思われたり、こういったケースではすべて、「仲の良い若い男女は恋人同士である、若しくはその可能性が高い」という図式を用いて見ているからです。特に外国人の場合、友達同士や兄弟でも身体的距離が近いため、日本人からすると余計に分かりにくいでしょう。
では、私が「これは選手とコーチである」と言ったらどうでしょうか。多くの人が私がコーチでこの女性、大久保絵里さんが選手だと思い込むのではないでしょうか。逆に「この二人は選手とマネージャーである」と言ったらどうでしょうか?今度は私が選手で、大久保さんがマネージャーだと思う人が多くなるのではないでしょうか?
人は物事を認識する時、様々な図式を用いて世界を見ています。この図式のことを先入観や固定観念、カテゴリーと言い換えても良いでしょう。そして、この図式に当てはまらない部分は盲点となり、見えるはずのものが見えなくなるのです。
では、もう一つ練習問題を。
例:6歳の男の子(仮に秀志とする)が学校から帰ってきて、家の前で掃き掃除をしている母親を見つけると、笑顔で走ってきた。
母親:「秀志、おかえり。そんなに嬉しそうな顔してどうしたん?」
秀志:「今日俺、昨日の宿題していかへんかってんけどな、尾関先生怒らへんかってん。」
母親:「尾関先生は怒らへんかったかもしれんけど、次からはちゃんと宿題やって行きや。」
と言って、母親が少し怖い顔をすると、秀志はぽかんとした顔をした。さて、何故でしょう?
正解は、秀志が言いたかったことは「尾関先生って優しい。尾関先生のこと大好き!」ということであったにもかかわらず、母親は秀志の言葉を「宿題せえへんかったけど、怒られへんかった。ラッキー」という風に解釈したからです。言葉としては母親と秀志は同じ情報を共有していましたが、互いに異なる図式を用いたがゆえに起きたすれ違いです。この場合、母親にとっては秀志の考えが盲点となり、秀志にとっては母親の考えが盲点となったのです。
人間は、実は我々の感覚器官に刺激を与えるもののごく一部しか認識していません。外国人にとっては秋の虫の音色も風鈴の音もこの世に存在しません。確かにその音の波長は彼らの鼓膜を揺らしているにもかかわらずです。そして、一度日本人から虫の音色や風鈴について教わると二回目からは、指摘されなくても聞こえるようになるのです。
さて、これが陸上競技と何の関係があるんだということですが、実は自己評価の低い選手というのは、自分の自己評価に見合ったものしか見えないのです。競技者は多かれ少なかれ、ハードな練習に取り組んでいます、タフな精神力も要求されるでしょうが、ハートだけの選手など負けるに決まっています。マラソンもまた将棋やチェスと同じように知的なスポーツであり、日々の練習から何か学ぶことがあります。但し、上で述べたように、それが盲点になる人もいれば、はっきりと認識できる人もいます。では強くなるために知る必要があることが盲点になる人とはどのような人でしょうか?
心理的盲点の形成過程
二つに大別すると1.可能性に対して心を閉ざしている人、2.自己評価が低い人に分類できます。1のケースは選手というよりは指導者に対して多いパターンですが、自分が学んできたこと、要するに過去に縛られてしまい、現在生じている事象に対しても過去に形成した図式を用いてしか世界を見ることが出来ない人たちです。個人的観点から言えば、バリバリの体育会系か反対に、学術的な勉強は熱心にしてきたけれど、現場でそれほど時間を過ごしてきたわけではない人たちに多いように思います。
2つ目の自己評価が低い人ですが、正確に言うと視野が狭くなるわけではなくて、自分への低い自己評価という図式の中でしか世界が見えなくなるのです。ですから、その図式の中では十分に物事が見えているでしょう。自分はダメな人間、才能がない人間という思い込みがある限り、目の前に強くなるためのヒントがあってもそれが見えなくなるのです。大学時代、関西で陸上競技に取り組んできた私はこのケースを何度も目にしてきました。はっきり言いますが、関西で長距離をやっている人はごく一部の例外を除いて、高校時代結果を残せず、実力的にも劣る選手達です。私の世代で言えば、高校時代の5000mのトップ100のうち、95人が関東の大学に進学し、一人だけが関西学院大学に進学しました。そうすると、関東の大学ではこんなことをやっているという話をしても、関西の学生にとってははなから関係ない話で、「他の大学ではこんな練習やってるよ」という話をしても初めは話がかみ合いません。彼らにとって、他の大学に早稲田大学や明治大学、東洋大学は含まれていないからです。そして話を進めているうちに私が早稲田大学の話をしているということがわかってきます。この場合、関西の学生には負けん気がないとか、学ぶ姿勢がないという批判は当てはまりません。見ようとしないのではなく、本当に見えないのです。彼らの脳は関東の大学に進学した同期に勝つために必要な情報を無意識下で排除し、見えなくするのです。それはちょうど、風鈴の音が聞こえない外国人と同じです。彼らは別に風鈴の音を聞きたくなかったわけではなく、本当に聞こえなかったのです。
別の例で言えば、小さなお子さんをお持ちの方は、一度子供が嫌がることをやらせてみてください。野球が嫌いな子供に野球をやろうと無理やり誘ってみてください。きっとグローブとボールを探すのに必要以上に時間がかかり、場合によっては「グローブどっかいった」というかもしれません。小学校高学年ならともかく、6歳、7歳の子供ならきっとそれは本当に見つからないのです。それは子供の所為ではなく、私たちの認識というのはそのように出来ているのです。
ここまで読んで、関西の学生長距離選手のことを笑っていた人も、次の話はどうでしょうか?あなたは必要以上に外国人を区別していませんか?最近、ハーフの選手の活躍が目立ち、将来日本のスポーツ界はハーフや移民によって牛耳られるという人もいます。が、ちょっと待ってください。確かにハーフの選手の活躍は増えてきました。私の知っている選手ではブラジル人の親を持つ3000m8分台の女子選手がいます。しかし、ブラジル人やアメリカ人(その他何でも構いませんが)の血を引く選手の方が日本人より強いと考える根拠は何でしょうか?多くの人が知らない事実ですが、ケニア、エチオピアを除けばマラソンが強い国は日本です。層の厚さを考慮に入れれば、エチオピアよりも日本が上でしょう。そして若手だけみれば、日本が世界一です。筆者(23歳)の同世代と前後一年はまさにタレントぞろいです。一つ上には村山さんご兄弟、設楽さんご兄弟、市田さんご兄弟、同期では神野大地君に服部君兄弟、横手健君、一色恭志君女子で言えば、鈴木亜由子さん、鍋島莉奈さん、安藤友香さん、清田真央さん、松田瑞希さん、他にも良い選手がたくさんいます。ケニアと比べてもこの世代の選手のロードレースにおけるレベルの高さは、おそらく上でしょう。では何故、誰もそのことに触れず、あたかも日本の長距離は弱いという見方をするのでしょうか?そういう図式を用いているのでそういう見方しかできないのです。
日本の長距離界の低迷をやたらと主張する日本陸連の委員会の方々やマスコミ、そしてそういった人たちの言葉を真に受けている人たちはまさに洗脳によって心理的盲点を形成している人たちです。そしてそういった評価を選手自身が受け入れている限り、心理的盲点によって自身の成長を妨げることになり、長距離選手として一番良い年齢である30歳前後になるころには本当に低迷しているでしょう。
心理的盲点からの解放
心理的盲点からの解放の仕方は、いちばんは単純ですが自己評価を高く保つことです。高い自己評価に基づいた図式を用いて、世界を見てください。そうすると、脳は自分を高みへと導いてくれるものを認識し、自分を低い位置に留めるようなものは盲点となって見えなくなります。そして、自己評価の高さは目標への思いの強さから来ます。過去にこんな結果を残したから自分はすごいんだではなくて、自分はこんな目標を持っていて、自分はそれを達成するのにふさわしい人間なんだ、だからすごいんだ、あるいはもう既に目標を達成したと思い込んでもらっても構いません。以前の記事でも述べましたが、その時は臨場感を持って強く思い込んでください。「自分は2時間5分台の選手」だと思ってる人は、「サブテンは出来そうだね」って言われたらちゃんと心の中で「何言ってんだこいつ、馬鹿じゃねぇの」って思ってください(口には出さなくていいです)。
スポーツをやっていても頭の成長は常に必要です。頭の成長の大きな部分とは見えなかったものが見えるようになること、新たな気づきが生まれることではないでしょうか。それを生み出してくれるのが、心理的盲点からの解放とより高いレベルの図式を用いて世界を見つめることです。
参考文献
『あなたは「意識」で癒される』ディーパック・チョプラ著、渡辺愛子・水谷美紀子訳
『本番に強い脳の作り方』苫米地英人著
『アファメーション』ルー・タイス著、苫米地英人監修、田口未和訳
『分かり合えないということから』平田オリザ著
『カントの自我論』中島義道著
『カントの読み方』中島義道著
『der Kritik der reinen Vernunft B Version』Immanuel Kant著
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