トレーニングにおける質と負荷の領域(マラソントレーニングの第一アンチノミー)において、重要な要素は次の点になります。
トレーニング刺激の強度
トレーニングの密度
トレーニングの継続時間
回復
1点目はどれだけ質の高い練習をしたかということです。どれだけ速く走ったか、どれだけハードに走ったかと言い換えても構いません。2点目は週何回トレーニングをしたか、ハードなプログラムを週何回取り入れたかといった要素です。3点目は、どれだけ長く走ったかということです。今回の記事では4点目の回復に焦点を当ててみたいと思います。
トレーニングやレースからどれだけ早く回復することが出来るかは次の5点に依存します。
遺伝子
それぞれの生化学的システム
トレーニング状況
トレーニング刺激の強さと量
マッサージ、温浴、交代浴、ヨガ、睡眠などの回復を促進させるための処置
この記事では2点目の各生化学的システムにおける回復に必要な期間を見ていきたいと思います。下の表は各生化学的システムにおける必要な回復期間です。この表を見ていただくと、ミトコンドリアの構築、細胞膜の修復、ホルモン系、免疫系、結合組織以外は一週間以内に回復することがわかります。個人差はあるでしょうが、マラソンの後でも筋肉疲労は一週間ほどでほとんど全て取れると思います。
但し、それで十分に回復しきったかというとそうとも言えず、ミトコンドリアの構築や細胞膜の修復にはもう少し時間が必要です。結合組織の回復はおそらく靱帯の主要な成分であるコラーゲンの正常な再合成に時間がかかるためだと思われますが、個人的な経験上、靱帯の回復に注意を払う必要性があるのは故障のケースのみだと考えています。
結合組織を除けば、ホルモン系と免疫系が最も回復に時間がかかりますが、これは自覚症状が出にくいだけに厄介です。何となくやる気が出ず、体がだるい日が続く、風邪をひきやすくなった、風邪とまではいかないけど、鼻やのどの調子が悪い日が続くという人は、長期間にわたってハードな練習を続けていないか、マラソンのレースの後に十分な休養を取ったか、ハーフマラソンなどのロードレースに立て続けに出ていないかなど年間スケジュールを見直す必要があります。個人的な経験で言えば、免疫系とホルモン系の疲労や不調は回復に時間がかかるだけではなく、ハードな練習の後、時間をおいてからやってきます。高校生の時などは8月の走り込みの疲労が10月くらいまで続くことがありました。筋肉痛などのはっきりした兆候ではなく、なんとなくだるくて走れない日が続くという感じです。
余談ですが、当時の洛南高校の恩師である中島道雄先生は経験から、このくらい負荷をかければこの慢性的な疲労が全国高校駅伝の京都府予選に間に合うように抜けてくるというのをご存じだったのでしょう。10月頭の日本海駅伝ではたいていの選手があまり走れませんでしたが、11月の京都府駅伝ではだいたいの選手が、おおよそ自分の力を出し切る走りをしました。私自身は高校二年生の時には疲労が抜けず、10月2週目の5000mでは15分32秒もかかっていましたが、3週間後の京都府駅伝では4区できっちり区間賞を取りました。
ただ、現在では慢性的な疲労感を感じる前に、適当なタイミングで1週間軽めのプログラムを組むようにしています。コーチホーゲンと仕事をし始めた当初はこの楽な週を意識し過ぎてしまい、楽な週の前に追い込み過ぎてかえってオーバートレーニングになるという失敗を頻繁にしていましたが、今は以前よりも継続的に余裕を残しながら、全体として良い練習になるように心がけています。
もう一つ注目していただきたい点は、グリコーゲンの再補充に数日間かかることです。これが意味するところは、高強度な練習を狭い間隔でやり続けると筋グリコーゲンが減り続けるということです。これは間に中強度(70-85%VO2max)で一時間以上の練習を続けても同じことになるでしょう。長距離ランナーの食事に炭水化物が必要になるのはこれが主要な理由です。特に練習直後はグリコーゲンの再合成が最も活発に行われるので、練習直後に軽く果物などを摂取することはリカバリーを早めるでしょう。
私のコーチであるコーチホーゲンは自分が指導しているケニア人の一週間の食べ物、飲み物を一度調べたそうです。本人の言葉を借りれば、最後のひとかけら、一滴まで採取したそうですが、その結果炭水化物が80%、脂質が10%、蛋白質が10%という結果になりました。ケニアでは精製された砂糖などはあまりなく、ポテト、米、バナナ、ウガリ(トウモロコシの粉をゆでて蒸し固めたもの)などが中心です。現在長距離界は、アフリカ系ランナー達に牛耳られていますが、その理由の一つは食生活にあるとコーチホーゲンは考えています。長距離ランナーに限らず、元々彼らの食事は豆、ポテト、ウガリくらいです。その糖質中心の食事が長距離走に向いていると考えられます。
さて、上の表ですが、この表は決して完全休養が必要であることを示すものではありません。例えば、グリコーゲンの再合成に関して言えば、練習強度に強弱をつければ、毎日走りながらでも充分に回復します。軽いジョギングしかしない人であれば、2-3日程でほぼ100%まで戻ります。逆に、2-3週間ハードなトレーニングプログラムを組むと日々少しずつ減っていき2週目が終わるころには、半分程度になっている可能性もあります。
最後に補足として、オレゴンプロジェクトや実業団、最近では大学でも様々な最新の器具が導入されていますが、我々が最も重視しているのは睡眠です。そして、私が二番目に重視しているのは瞑想です。瞑想とリカバリーの関係性については過去記事を参照してください。
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