1.BCAAとは何か?
BCAAとはロイシン、ヴァリン、イソロイシンから構成されており、体内では合成できない種類のアミノ酸です。分かっているようですぐ忘れてしまうことなので初めに確認しておきますが、アミノ酸とは蛋白質を分解したものです。アミノ酸が最も高濃度で含まれているのはホエイプロテインで、それ以外にも肉や魚、卵、大豆などに含まれています。
2. BCAAを摂取する理由
BCAAを摂取する一番の理由は、素早い筋肉の修復です。もっと大雑把に言えば、リカバリーを早めてくれます。トレーニング直後が最も効率よく代謝が働くのですが、トレーニング直後にすぐ食事をすることが可能ではない場合もありますし、プロのアスリートでも30分はかかると思います。また蛋白質は体内でアミノ酸まで分解されて最終的に吸収されるのですが、アミノ酸まで分解してから吸収するまでに時間がかかります。それなら初めからアミノ酸を摂取したほうが吸収は速くなるのです。但し、あくまでもこれはサプリメントであることを忘れてはいけません。アミノ酸3000㎎とは要するに、蛋白質3グラムなのです。分量としては少ないけれど、吸収が速く、手軽に携帯できるというメリットもあるというのがサプリメントとしてのアミノ酸の意味です。
但し、運動直後のBCAAサプリメント摂取ではなく、BCAAローディングによる筋損傷からの素早い回復を示す実験結果もあります。2000年にタスマニア大学のCoombesとMacNaughtonが行った実験では16人の被験者を通常の食事に加えて一日12gのBCAAを摂取するグループと通常の食事のみのグループに分け、7日目に最大酸素摂取量の70%の強度のサイクリングを120分間実施した後、1時間後、2時間後、3時間後、4時間後、1日後、2日後、3日後、5日後、7日後に血液サンプルを取りました。この実験に参加したすべての被験者は推奨される一日のBCAA摂取量(体重1㎏当たり640ミリグラム)に達していました。つまり、BCAAサプリメントを摂取していなかったグループの被験者も全員サプリメントなしでBCAAの摂取基準量に達していました。
それにもかかわらず、BCAA群の被験者は血中の乳脱水素酵素(LDH)の値が運動後2時間から5日後まで、CK(クレアチンキナーゼ)の値は運動後4時間から5日後まで有意に低いという結果になりました。乳脱水素酵素とクレアチンキナーゼは損傷した筋細胞から漏れ出てくる酵素で、この値が低いということは筋繊維の損傷が少ないということを示します。この実験はBCAAサプリメントの摂取は持久系運動による筋損傷を軽減するという結論を出していますが、私はサプリメントとしてBCAAを摂取することによって、全体のBCAA 摂取量は同じでも筋中のBCAA 濃度が高くなったのだと考えています。
この考えを根拠づける実験は1994年にMaclean、Graham、Saltinによって行われた以下の実験です。BCAA摂取群とコントロール群に分けた5人の被験者の男性に最大強度の71%の負荷の片足レッグエクステンションを1時間行わせました。BCAA摂取群の筋中のBCAA濃度はコントロール群より高く、その状態は運動の間通して変わりませんでした。それに加えて、骨格筋から流出する必須アミノ酸の量はコントロール群の方がBCAA摂取群の方が有意に高い結果となりました。骨格筋から流出する必須アミノ酸の量が多いということは、それだけ運動によって引き起こされた骨格筋内のたんぱく質分解が多いということです。すなわちより多くの筋損傷が生じていることを意味します。
3.中枢神経系疲労とBCAA
ランニングが筋肉や心肺のみではなく、神経系(心)に大きな負担がかかる種目であることはやったことがある方ならお分かりいただけると思います。『ランニング事典』の著書である南アフリカのティム・ノックス博士はランナーがペースを落さざるをえなくなるのは中枢神経が体を守るために、ペースを落とさせるように体に命じるためであるという説を唱えました。その根拠はランナーがある運動強度を維持できなくなった時点では(つまり同じペースを維持できなくなった時点では)、それ以前と比べてペースダウンの原因となり得るだけの血液生化学上の変化が見られなかったからです。
では中枢神経の疲労はどのように説明されるのでしょうか?
答えの一つはセロトニンと5ヒドロキシトリプタミンという疲労を喚起させる神経伝達物質が脳内で生成されるからというものです。セロトニンというのは幸福ホルモンの一つで、静かな幸福感に浸らせてくれる物質です。雨の音を聞いても出るとされており、雨の日に室内でリラックスした気持ちになりやすいのはセロトニンのお陰です。
では、なぜ幸せにしてくれるホルモンが疲労を呼び起こすのかということですが、セロトニンというのは激しい運動が終わった後のやり切った感だと思ってもらえばよいです。つまり、運動中にセロトニンが生成されるというのは運動中にもかかわらず、もう終わった気持ちになっているということです。中枢神経は体をこれ以上傷つけないために運動を強制終了させようとしているわけです。
このセロトニンはトリプトファンというアミノ酸から作られます。血中のトリプトファンは血液脳関門というところを通って、脳内へと入っていくのですがこの血液脳関門はBCAAも通過します。そして脳関門を一度に通過できる物質の量は決まっています。ということは、血液脳関門を通過するBCAAの量が多ければ多いほど、この脳関門を通過するトリプトファンの量も少なくなり、その結果として生成されるセロトニンの量も減ります。BCAAは運動中、筋肉の方にも供給されますが、血中のBCAA濃度が高ければ、脳の方にも回す余裕が生まれるという訳です。従って、BCAAの摂取が中枢神経疲労を遅らせるという結論になります。
2008年のPotierの被験者をBCAA摂取群と糖質溶液群に分けて、セーリング競技直後に四文字記憶テストの誤答率を調べた研究では、BCAA摂取群の誤答率は糖質溶液群と比べて有意に低い結果となました。
4.運動前及び運動中のBCAA摂取の効果
運動前や運動後のBCAA摂取がどの程度競技力に影響を与えるかは研究者の間で分かれています。Blomstrandその他が1995年が5人の持久系アスリートを対象に実施した研究では、被験者に最大酸素摂取量の75%の強度でのサイクリングを実施してもらい、運動中の給水として味をつけたプラセボ水と1リットル当たり7グラムのBCAAを加えた6%糖質溶液とBCAA無しの6%糖質溶液を摂取する群に分けました。プラセボ水摂取群はそれ以外の二つのグループに比べると運動継続時間が短くなりましたが、糖質溶液にBCAAを加えたグループと加えていないグループの間に有意な差は見られませんでした。
一方で、BCAAの摂取が競技力にポジティブな影響を与えると結論付けた研究もあります。1991年にBlomstrandが行ったマラソンレース中のBCAA摂取のパフォーマンスへの影響を調べた研究では、マラソンを3時間より速く走り切るランナーには好影響が見られなかったものの、3時間より遅いランナーの競技力には好影響を与えたという結論になりました。
またラットジャーズ大学が6人の男性と7人の女性を対象に行った34度の気温、30分ごとに体重1㎏あたり5mlのBCAAを含んだ飲み物を摂取するグループとプラセボ群に分けるという条件で、最大酸素摂取量の40%の強度でのサイクリングを出来るだけ継続するという実験では、BCAA摂取群はプラセボ群に比べて11,7%バイクを長くこぐことが出来ました。この実験で使用されたBCAAは大半がロイシンによって構成された飲料でした。
5.まとめ
様々な実験結果がある中で、BCAAの摂取がネガティブな影響を及ぼすという結果はほとんど存在せず、ネガティブな影響を及ぼすことになった研究結果は腹痛が原因です。それが何であれ、人によって腹痛の原因となり得るものは多数存在しますし、どのくらいの量をレースのどれだけ前に摂取すれば腹痛を起こすのかも個人差がかなり大きい領域です。BCAAに限らず、大前提としてレースで使うものは全て前もって練習で試しておかなければいけません。
BCAAがあるレースにおける競技能力に好影響を与えるかどうかに関しては研究者の間で意見が分かれますが、最も大切なことは長期的に見た時に競技力の向上に好影響を与えるかどうかです。そして、長期的に見た時に栄養が果たす最も大きな役割はリカバリーを促進するか否かです。素早く質の高いリカバリーが取れた時に全ては上手くいくのです。何故なら、リカバリーの質が高いということはそれだけハードな練習が出来ることを意味するからです。筋肉の修復を早め、中枢神経系の疲労を軽減してくれるBCAAの摂取は競技能力の向上に寄与するという結論がここから導かれます。
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